突然の雨は、一瞬にして世界の色と音を奪ってしまった。
まるで空と海とがひっくり返ってしまったかのようなその急激な雨粒の攻撃に、カミューとナナミは慌てて見える限りの近い木の側へと駆け込んだ。
しかしそれでも、この降りつける雨から逃れられるわけではない。
木立の隙間から狙い打つようにふたつの影を濡らす雨は徐々に体温までも奪いかねないということを危惧して、
カミューはその肩のマントをばさり、とナナミの上へ覆い被せる。
「か、カミューさんッ?!」
慌てるナナミの声が聞こえた。
どうやら、世界の音を奪ってしまったかと思われた雨も、この少女の声だけは奪えなかったようだ。
「カミューさん、ねえ、そんなことしたらカミューさんの方が濡れちゃうよッ」
慌てたような心配するような少し怒っているような。
いくつもの感情を孕んだその声は、きっと自分には出せない、とても複雑に織り込まれた声。
屋根を作るように掲げた腕の下で、そんな抗議の声を上げる少女の頬は、寒さからなのか僅かに紅潮しているようだ。
確かに、感じる気温も太陽が出ていた時よりも低くなっている気がする。
「そのような心配は無用ですよ。それより、ナナミ殿が風邪でも召されたらと思う方が、私の心に良くありません」
「も〜ッ、私なら、ちょっとやそっとじゃ風邪なんか引かないよ〜ッ」
見下ろす位置で不満の声を上げるナナミに、カミューは自然と笑みが零れる。
「それに…ああ、ほらナナミ殿。どうやら通り雨のようですよ。遠くの空が徐々に明るくなりはじめました」
「本当?」
カミューの言葉に、ナナミは促されるままに、彼の言う“遠くの空”を眺め見た。
確かに、濃灰色の雲が途切れ、その向こうにはまるで違う光に満ちた蒼い空が広がっている。
その上、その青空は、見る見るうちに光が切り開くがままに空の面積を占めていくのだ。
「カーテンを開いてくみたい」
大地を打つ雨音に紛れて、その光景を見たナナミはぽつりと呟いた。もちろん、カミューの耳は、落とすことなくその呟きを拾う。
「カーテンですか。…私は、この雨はまるで世界を箱に入れたみたいだと思いました」
「箱?」
「ええ、私たち二人とこの木だけを入れて。箱に蓋をしたみたいだと」
音も無く光も無く色も無く。
けれど、一番近くに居る彼女の声だけが聞こえる、彼女の姿だけが見える、それはとても幸せな豊穣の箱。
そんなカミューの言葉に、触れることなく立っていたナナミが笑うと、空気が揺れて、微かに彼女のぬくもりが伝わった。
「そんなステキな箱なら、ちょっと出ちゃうのが勿体無いね」
「………え…」
一瞬。
彼女の言葉の意味が分からずに。
「あ、カミューさん、ホントに晴れて来たよッ」
その、一瞬が、命取り。
切り替えの早いナナミと同じように、気まぐれすぎる天候は、雨雲をさっさと世界の彼方へ追いやって、威風堂々、青空が席巻する。
世界は音と色とを取り戻し、ナナミは雨がもう降っていないことを確認すると、大きな水溜りをひょいと飛び越えて、カミューの“カーテン”の向こうへ飛び出した。
「ああ、ナナミ殿、足元が滑ります、気をつけて」
けれど一度逃したタイミングをもう一度手にすることは困難だ。カミューの性格なら、ナナミの性格なら、尚のこと。
軽い足取りで濡れた草原の上を、小さな飛沫と共に走る少女。
もしかすると、全ての光は彼女の元から、溢れているのかもしれない。
「大丈夫!それよりカミューさん、世界がすっごくキラキラしてるよ!」
走り出す、その足元から、煌き出す光の音に、カミューは眩しく、目を細めた。
側に居て。
体温を感じるほど近く、触れたいと思うけれど。
狭い世界で、二人きりならそれで構わないと思うけれど。
でも、太陽に愛された少女だから。
見つめることが出来ないくらい、眩しい光の中で、笑っていてくれる姿が何よりも愛しい、と思う、から。
「ねえ、カミューさん、ほら!」
そう言って差し出された手は。
思っていた以上に、温かくて。
雨に濡れた木立の下から差し出した自分の指は、熱を求める、蝶のように。
少女の指先へ―――辿り着く。
「DIGITALIC GARDEN」のふよさんが「雨宿りカミナナ」イラストに
素敵なお話をつけて下さいましたv本当にありがとうございましたv